ほろ苦い夏の思い出2



いじめつうのは、苛めている方も苛められている方も夏の蒸し暑い部屋にいる時にかく汗のように、


だるくて不快で、いい気分なんかしないもんでしょ。



埃臭い、冷房も窓もなく蒸し返すその部屋は、今から行うことの気だるさと嫌悪に満ちている俺の気持ちをそのまま象徴しているようだった。


「なあ、ホントにやるのかよ」
 


五分前、俺と供にこの音楽倉庫に入った斉藤が口を開く。斉藤もの不満に満ちた汗だくの顔を見て彼も俺と同じ気持ちなのだと確信する。



「仕方ないだろ。やらなかったらやらなかったで、後でメンドイしさ」



「まあな。でも、リンチっていうのこういうの? そんなのやったことないぜ」



「そりゃあ、俺だって。俺もそんなことやったことないよ」



「お前はいつも、練習で人を殴っているだろうが」



「あのな。ボクシングは殴ると言ってもちゃんとしたルールの元で……」
 


そこにドアを開け、言いだしっぺの大谷と安藤可奈という女子生徒が入ってくる。



「カナちゃん。今日はね、いいお知らせがあるの」
 


部屋に入り、ドアをビシッと大きな音を立てて閉めると同時に、いつものように幼い子をあやす様な口調で大谷が安藤に話しかける。安藤の方はいいお知らせと聞いて、喜んで聞くはずもなく下を俯いていつものように何をされるかと色白の顔が青ざめているように見えた。
 



大谷が安藤をいじめ始めたのは六ヶ月くらい前からだろうか。そのいじめは靴を隠すとかノートを破くとか誹謗中傷を吐いたりするとかだった。比較的大人しい生徒の安藤はその大谷の苛めに何も抵抗できずに、周りの俺たちも大柄で喧嘩も頭もいい大谷には口出しできずに見てみぬ振りをしていた。




「カナちゃん、僕に苛められて嫌でしょ? だから今日で虐めを辞めてあげようか」


「え?」
 


意外な言葉だったのだろう。安藤は俯いていた顔を上げ不意を撃たれた表情をする。




おいと顎で指示をされ、斉藤が安藤の背後に回り、彼女を羽交い絞めの形にする。そして俺は打ち合わせ通り床に置いてあったボクシンググローブを嵌めて彼女の前に立つ。




「今痛い思いをするのと、これから先ずっといたい思いをするのと、カナちゃんは女の子だから、顔は殴らないであげる。お腹だけね。さあ、どうする?」
 



羽交い絞めをされている自分。ボクシンググローブを嵌めて目の前に立っている俺。安藤にも自分がこの後何をされるか、その暗号みたいな言葉でも理解したようだった。




「でも、お腹なんて殴られたことないし」



「でも、はねぇ! 殴られるか。それともずっと苛めれれるか!」
 



大谷の怒鳴り声が室内に響き渡る。たぶん、大谷は安藤のことが好きなのだろう。でも、安藤は振り向いてくれなくて、だから苛める。だから余計にたちが悪い。




「……もう嫌……」



安藤が涙声で今にも泣き出しそうだった。



「もういい! やれ」
 



大谷は安藤の返答を待たずに俺に指図する。俺はやる気なさげに「ああ」と言って構える。





そして軽く安藤の腹のど真ん中を殴る。ドポという、柔らかい粘土を殴ったような音がした。
 



ウグ!
 



安藤が殴った瞬間に呻いて身体を後ろに逸らす。殴った安藤の腹は柔らかかった。軽く殴っただけで思った以上に奥の方までめり込んだ。女の腹を殴るのは勿論これが初めてだ。




「おい。もう少し強くやれ」
 


横で見ていた大谷が不服そうに指示する。俺は気が進まなかったが、今度はさっきよりも強く同じ箇所を殴りつける。



 アッ!!
 



安藤の顔が歪む。彼女はゲホゲホと咳き込みながら身体をまた後ろに逸らす。




「痛いかったカナちゃん? よし、今度は俺の言った箇所を殴れよ。まずは鳩尾だ」
 俺は言われた通り、鳩尾を殴りつける。
 



ウッ!!
 



安藤は殴られた激痛で足に力が入らなくなっている様子で、膝を折り曲げて倒れそうになる。誰だってそうだ。女でなくても鳩尾を殴られればそうなる。
 



そんな彼女を羽交い絞めにしている斉藤が、腕を上に押し上げて無理やり立たせる。咳き込みながら安藤は苦痛の表情でかろうじて立っている。




「よし。今度はわき腹。左な」
 


どうしてこいつは、格闘技も禄にしていないのに、わき腹でも左が人の急所だと言うことを知っているのだろうと疑問に思いながら指示通り殴る。
 


ヌゥ!
 



殴られたわき腹をそる様に、折り曲げる安藤。もうこんな陰湿ないじめ耐えられなかった。



「おい。もう辞めないか」



「何だよ。せっかくいいところなのによ。もういい。お前どけ。お前、あれだアイツの服上だけ脱がせろ」



 まだ続けるのか。俺は仕方なくグローブをはずし息づかいが荒くなり、立っているのもままならない彼女が着ていた制服を上半身だけ脱がし、下着のブラジャーだけにする。
 


白い身体。その白い身体に俺の殴った箇所が生々しく赤くなっている。



「これでよし。俺は手加減なしだ」
 



そう言って、大谷は俺よりも数倍の力を込めて彼女の腹を何度も殴りつける。




ウッ! ヌ! アアア!
 



彼女のうめき声も殴られるたびに弱弱しくか細くなっていく気がした。大谷の拳がすっぽり安藤の腹にめり込むのが良く見える。




 数分後、休まずに大谷は腹を殴りつけ安藤が完全に自分の力では立てなくなり、口から白い液体を垂らしはじめたところで、安藤をその部屋に一人残して部屋を出た。
 


それから、公言どおり大谷の安藤に対する苛めはなくなった。
 



夏の日のほろ苦い思い出2。