ダイエット





一時間内臓を刺激するだけで、あとは何もせずに普通に生活するだけで一週間に体重が五キロ減。



そんな夢のようなダイエットを実現させてくれる店がある。その噂は最近巷で有名になっていた。






その店は、駅を降りてにぎやかな商店街を暫く歩いて路地を右へ曲がった築20年くらいの小さなビルの地下にあった。
 


看板も何もないので、ミアはインターネットでその店までの地図まで印刷してきたが、そこへ辿りつくまで違う路地に迷い込み見つけるのに苦労した。
 



階段を降りた目の前に、黒いドアがあり恐る恐るミアは中へ入る。中はわかり難い立地と地下にあるという陰険な雰囲気とは違い、八畳ほどの部屋に電灯がしっかりと部屋を照らし中も様々な雑貨と真ん中に二つの椅子とそれを挟んで机があるという、言うならば個人の占いの店のような感じだった。しかし、部屋には人の気配はなかった。




「あの、すみません」
 



ミアが声を掛けると、部屋の奥の方から雑貨をすり抜けるようにしてスキンヘッドで筋肉質な男が現れる。男は上は白いタンクトップ、下はジーパンという格好で左腕には何やらタトゥーのようなモノが彫られていた。




「えっと、ここってダイエット。その、お腹を刺激するだけでダイエットができるっていう店だと聞いて聞いたんですが」



 一時間内臓を刺激するだけで、あとは何もせずに普通に生活するだけで一週間に体重が五キロ減。そんな夢のようなダイエットを実現させてくれる店がある。



その噂は最近巷で有名になっていた。それをミアは半信半疑のまま聞き流していたが、彼女の友人がそれで一ヶ月で十五キロ減量したことを間の辺りにしてから、幾度となくダイエットに失敗していたミアは飛びつくようにこの店の予約をして今日ここに来たという形であった。



「うん。じゃあ。荷物を適当に置く。それで上は脱ぐ」
 


男はボソリとミアの顔を見ずにそっぽを向いたまま言う。



「ああ、はい。あの、お金は?」



「あと」
 


ミアが聞くと少し間を置いて男は指を鳴らしながらまたボソリと言う。
 


思っていたのと何もかも違う。ここで本当に合っているのだろうか。だいいち、この男がそのようなダイエット方法をするのだろうか。




どう見ても、筋肉質で厳ついこの風貌はどこかのチンピラか、もしくは薬物を取り扱っている人間にしか見えない。



彼女は疑いつつも、一週間で五キロと何度も自分に言い聞かせて言われるがまま、服を脱いで上半身はブラジャーだけをしている格好になる。



「これでいいですか?」
 


男は、ゆっくりとその場に棒立ちになっているミアに近づいて、そっとミアの右肩に手の乗せる。




「少し痛くて、かなり苦しいけど大丈夫?」




「え?」
 


何の前触れもなく説明もなく始まるのか? というより、その言葉どういう意味だろうか。



ミアはわけもわからず答えに迷う。



「いい? 始めて?」
 


ミアの返事を待たずに男が訊いてくる。



「ああ、はい」
 


ミアはわけもわからずそう答えるしかなかった。すると男は、肩を持っていない左手を握り締めて拳を作り始める。ミアは腕のタトゥーが筋肉が締められてよりインパクトを持ったような気にさせられる。




「え? 殴るんですか? え?」
 



ミアは戸惑った。痛い。苦しいというのは殴られるということだったのか。ミアの頭を過ぎる。




「あの、ウッ!」



 ミアの息が一気に吐き出され止った。ミアの腹に男の拳がめり込んでいた。




「あ、ああ」
 


男は拳を抜けずにドンドンと腹の奥へめり込ませる。




「あ、う……」
 



始めは激痛、今は内臓が奥の方まで押し込まれさらに圧迫されてことで呼吸が満足にできない苦痛にミアは襲われていた。



「ちょっと我慢してね」



 男がそう言うと、拳を腹から離したかと思うと今度は小刻みに連続で腹を殴り始める。先ほどよりもさらに激痛と苦痛がミアを襲う。



「やめ……あああ。ゴホゴホ」
 


胃袋がひっくり返るような感覚になったかと思うと、ミアはむせ返る。口の中が酸っぱい味が充満する。
 


二十発くらい殴ったところで、男の拳が止まった。だがまだ男の拳はミアの腹にめり込ませてあり圧迫し続けている。



「ねぇ。食べ物は何が好き?」
 


むせ返り、息が荒くなるミアに男が平然と訊く。
 


涙で目の前がぼやけて視界が見えないミアは、男がどういう表情でそう言っているのかはわからなかったが、このようなことをしていて平然としているそぶりはこの男は正気の沙汰ではないと思った。



それでもミアはこれを一時間我慢すればダイエットがきると自分にまた言い聞かせる。



「ねえ。聞いている?」



「ああ、あの、お肉です」



「肉? 肉の何処?」



「えっと、脂身です」
 


ミアがやっとの思いでそう答えると、



「じゃあ。もっと胃から鳩尾にかけて刺激が必要だね」
 


男はそう言って、また拳を腹から離し、勢い付けて今度は上へ突き上げるように殴りつける。



「ウッ、うあ……」
 


胃袋が鳩尾の辺りまで拳で突き上げられる。男の凄まじい力のこもったパンチにミアの足が半分宙に浮く。



「もう少しだから我慢して」
 


男は遠慮なしにミアの腹を殴り突き上げるように連続して殴っていく。そして腹からぐちゅぐちゅと内臓が鳴る音が響いてくる。



一方、ミアはその音に気づく暇もなく苦痛で意識が徐々に朦朧として、今にも倒れこむ寸前であった。




「俺、昔プロボクサーだったんだ。腹を殴るにはコツがあってね。素人で下手なヤツがやると内蔵にダメージがあまりなくて腹筋や皮が痛いだけのパンチになる。だが、プロは的確に中の内臓にダメージを与えるパンチができる。身体全身で全体重を拳に乗せて打つことが大切なんだ。」
 



男はわけのわからない、うんちくのようなことを殴りながら突如として話し始める。


それが、ダイエットとどのような関係があるんだよ。と普段なら突っ込むところであったが、朦朧としているミアはその男の話を半分以上聞いていられなかった。




「よし」
 



50分くらいそれが続いたのだろうか。やっとのことで男の拳がミアの腹から離れる。拳が離れたと同時に、ミアは両手で腹を抱えてその場に蹲る。



 蹲っているミアは、自分の腹がずっとぐちゅぐちゅと音を立てているのが聴こえた。




「終わり。あとは立てるようになったら自分で帰って。お金はテーブルの上に置いて帰ってね」




男が蹲るミアを他所に店の奥へと入っていった。




ミアは30分くらいその場から立つことができず、やっと立ち上がり店を出た後も腹の調子が思わしくなく、その日一日食事が咽喉に通らなかった。





そして一週間後、噂通りミアは何もせずに五キロのダイエットに成功した。